無職になって
積んどいた本を手に取ってみた。
はうっ!!!
痛い、いたい、いたすぎるぅぅぅ〜〜
私のことですっ(こっち見て書いた?)
続かないの…
そして、答えが見えた!!(気がした!)
↑ひかえめ…
この歳になって、あえて無職になってしまったところから
習慣のなさが伺えると言うものであろう…
みなさんの習慣ってどんなものがありますか?
私の習慣は、
・毎朝トイレに行く、うがい
・寝る前に歯を磨く、伸び
・人がいたら挨拶するetc
・・・・・
いい習慣(建設的な)が身についていたら
(ん?それ大概みんなしてるよね?って言わないで)
健康的で、ゆとりある生活が遅れそうな気がするんですが
…どうでしょう?
逆に悪い習慣(ついスマホを触る、ゲームをする)などは減らしていければ
人生の時間が有意義に使えそうだよね?
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正直、私は子育てに関して
習慣なんてなんぼのもんじゃい!
(と思っていたわけではないが)
「好きこそ1番。好きというエネルギーに勝るものなし!」
と思っていたので
「学校は行くものです」「勉強しなさい」「宿題しなさい」と言ったこともなければ
(「学校は行きたくていくんだよ〜」「学びたいと思った時が学びどき」と言っていたし)
食べたいから作る!とグミを作ったり
ホームアローンを真似て細工する息子を見て、ほくそ笑んでいた。
育てたように子は育つというけれど
学校も、「放課が楽しい!」「給食美味しい!」「図工大好き!」と通っていたし
ゲームを購入して数ヶ月経った頃には
「ゲームより友達と公園で遊ぶ方が楽しいわ」と、
まぁ、元気に
帰宅後も、友達と遊び、おやつを食べて、工作し、テレビを見て、本を読み
工作し、漫画を読み、好き勝手に過ごし、気が向けば宿題をしていた。
夏休みなどに…あれ?毎日少しでも机につく習慣づけしといたらよかったかな?と思うことはあっても
キラキラした息子を見て、
元気に過ごしていたので安心し切っていた。
そう、「学校に行きたくない。行かない。6年になれば行く」と言い出すまでは。
なげ〜んだよ!
半年先じゃんか?!
と思ったのは、もっと後である。
最初は、おう、そうか。ほな、やりたいことしときな🎵
と気楽に、放牧放置していた。
ところが、彼は他にやりたいことがあったわけではなく、
行きたくないという「やりたくないこと」がはっきりと分かっただけだった。
「やりたくない」←こいつ、クセモノ🥷
それまでの私
将来やりたくなくても、やらなきゃいけないことなんていくらでも出てくる。
せめて、子ども時代はやりたいことを全力でしてたらええねん。
やりたいことの先に、やりたいことをするためにやるべきことも出てきて
やりたくないけど、やる経験もそのうち積むから。
人生は、やらなきゃと思ってることの大半が実はどうでもいい。
人生短いから、やりたくないけどしなきゃいけないことをするくらいなら、しなきゃいい。
当時の私から見た息子
やりたいこともなく、ダラダラ。
行きたくない(行けない)学校に行かない間、
その日その日で、好きな時に好きなこと?暇つぶし?をしていた。
ゲーム&ゲーム&youtub &アニメ &漫画
時々、ドラム、工作、間取り図
やりたいことがあるわけでもなく、
ただ時間を溶かしているかのようにしか見えなかった。
両親とも働きのため、
せっかくの休暇だからと、外へ連れて出ることもできず
平日はゲームに明け暮れ、家で過ごすことが多くなった。
思ったね、
せめて運動や学習を習慣として取り入れておけばよかった!と。
習慣化されていないので
「ちょっと机について調べ物する」とか
「学校で勉強している範囲をスタサプ見てみる」など
やってみようか?と言っても、
やるまで腰が重い重い…
ご飯の準備ができてテーブルについた後に「醤油とって」と言われた時の私のようだ。
なんなら、というか8割方「やらない」
なんで?勉強しなさいとか今まで言ってこなかったじゃん?
・・・・・・・
母ちゃん間違ってた。
学校は勉強もするところだった!ごめん!
(学校は友達と学び合うところ、学びは教科書だけじゃない、
遊びの中にもある、だから遊ぶのが仕事と言っていた)
でもね〜〜
それまで、やりなさいと言われたこともなく、
やるべきこととも思っていないことを
やるのって、
やらせるのって
と〜〜〜〜〜〜っても疲れる。
(疲れそう、そう、実際にはさせていないから)
言っても動かないから、早々に諦めちゃったのよね。
だって、しないんだもん。
言うことはできても、動かすことはできないじゃん?
私思ったね
習慣って大切。。。
ここにも書いてあって、納得!!↓
やりたい!と言って動く時はものすごいモチベーションでエネルギーも大きいけど
(例えば、淡路島1周するって決めて練習して走る)
やりたい目標がなかったり、ちょっとめんどくさいとか、
そのものが楽しいと思えることじゃなければ
(日々の歯磨きとか、ストレッチとか、習慣化した後は気持ちいいと思えるけど)
行動を起こすときに、ちょっと「やるか!」っていう意志が必要じゃない?
で、その「やるか!」って気持ちも、もう習慣になってさえいたら必要ない!!
が
習慣になっていなければ、「やるか!」って思わなきゃいけない。。。
わざわざ、意志を使わなきゃいけない。
大なり小なり何かに挑戦するときに
習慣になっていることが多ければ多いほど、
その「やるか」って気持ち(意志)を挑戦するそのものに向かわせることができるんじゃないだろうか?と。
大袈裟に言えば、
歯磨きもせず、風呂にも入らず、半日寝っぱなしで家から出たことがない人が
「自分に似合うワンピースを買いに行く」
のと
毎日歯を磨き、風呂に入って、すでに小綺麗で朝から起きている習慣のある人が
「自分に似合うワンピースを買いに行く」
のでは、ハードルの高さが全然違うと。
やりたいことがないからと言って、何もしていないと
やりたいことが見つかった時にそれに挑戦する壁がとてつもなく高くなるんじゃなかろうか?
習慣って、自分の可能性、限界を広げる行為なんじゃなかろうか?!
うん、「自分の限界を広げる!」「自分の可能性を広げる」
そうだ!
いい響きだ。
そして、それがもし勉強であれば
知識を頭に放り込んで覚えまくる
ことそのものに必要性は感じないが
今必要とされることを「学ぶ姿勢や習慣」を身につけることは
「正解のない社会」である未来にとっても大切なことだと思う。
だって、常にいろんなものが変化して、たった一つの正解がないからこそ
私たちは、新しい技術や考えを学んでいくでしょう?
話し合って、解決策を探るには、自分の考えだけでは難しい。
相手を知ろうとする、それが〜1番大事〜🎵(ダイジマンブラザーズ、懐かしい)
そもそも、学び(勉強)って、相手(自然や法則)を知ることだよね?
勉強って、相手を知るためのハードル低くしてるんや。
宿題はその練習してるんだったんだ〜!(飛びすぎた?!)
そんなこ難しくて理屈っぽいことを
小6男子が聞いてくれようか?
(いや、くれまい)
知識が大切なのではなくて、知識を得る行為こそが、学ぶと言う行為こそがこれから大切、みたいな、
自分で書いていてもまどろっこしいわ!
なんで、端的に
「かーちゃん、間違ってたわ。勉強も大切だった。ごめん。
知ってて損なことはない。
知ってることが増えると、自分の考える幅が広がるから。
そして、考える練習は、いろんなところに役に立つ。
もし、今すでにゲーマーやyoutuiberになりたいなら存分にゲームしたらいい。
が、他にもしてみたいことがあるなら
頭と体も使う練習しとこ。
今年から宿題しよう。」
宿題ではなくて、自主学習でもいいのだが、
宿題は習慣としてわかりやすいじゃないか!
しかも、担任が好きすぎて、宿題をして行きたくなったからちょうどいい。
(4年の頃も、担任の返事が楽しみで宿題をしていくようになっていた)
って、ことでとりあえず
一律の宿題はする意味がない
→宿題は習慣
って最終学年、6年位なってやっと!私が気がついた、方向転換した話。
宿題じゃなくても、学習する習慣が身についていたらそれでいいと思ったろうし
なんなら、不登校にならなかったら、
そのまま宿題など、とやかく言わずに
帰宅後遊びまくった6年間だったろうと思う。
だって、その時々で学ぶことが大好きだったし、学んでいたと思うから。
ちなみに、遊びにくる小学校の友達は
お前宿題しなくていいの?
(一応している、翌日の朝までに。)
おまえ、やること決まってないの?
(一応ある、夜の歯磨きと睡眠。
風呂掃除。1日のどこか気が向いた時に。)
毎日、遊び放題じゃんと言われている。
フリースクールの友達からは、
学校ってやらさせててつまんなくない?
と言われている。
勉強含め、すべてのことは本人が必要だと思った時にするのが1番
の気持ちは相変わらずあるから
宿題を習慣にしよ〜、習慣は大事だよ〜と言いながら
「やりなさい!」とは言えずにいる。
しかし、最近
「なんであんなに宿題嫌だったんだろ、やればあっという間なのに」とも言い始めた。
ハードルは下がり始めたのだろうか。
格好よく言えば、限界を広げることができてきている気もする。
ただ、今の所、習慣になってきているのは
朝起きて1番にゲームかyoutubeを見ること
になっている気がするが…トホホ。
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私も結婚して、消えいってしまった習慣
ご飯の時は家族で団欒→今はテレビがついている
食後の団欒→それぞれスマホ、ゲーム、本・・・
自分の習慣に引き込もうとしても、無理が出る。
(家族で団欒は相手が必要だけど、
それぞれスマホや本なら相手が必要ない、
から誘うこともない。団欒派としては諦めてもみた)
私1人で子育てしてるんじゃないし
それぞれの家庭の習慣って、もう身についていたものなんだもんね、と思いながら
家族って習慣と習慣の擦り合わせなんだなぁと感じている。
あ、食事時が殺伐としているわけではないよ〜!
私と息子は喋るし、夫は多分(?笑)聞いている。
最近は食事中に携帯も見ないようになった。
食後に、夫が携帯を見ていても「一緒にカードゲームしない?」と誘えば3回に1回くらいは成功している。
擦り合わせたり、諦めたりした習慣だけど
やっぱり、寂しいなとか、なんだか違うなと思った習慣は
少しづつ、好みのものにまた近づけていけたらいいなと思う。
可能性や限界を広げる練習だもんね。
とりあえず私は、小さな習慣3つを始めてみたところだ。
1日一回の腕立て伏せ
2ページ本を読む
ボキャブライダーを一回開く
さて、半年後
小さな習慣の成果を書いてみたい。

