あれはどこだったかな?
イギリス?ドイツ?デンマーク?
潤ちゃんと旅行していた時に、
赤信号をスイスイと、皆渡っていたのよ。で、彼女も渡ろうとして。
[待って!赤だよ!危ないよ!]
[は?大丈夫だよ、車来てないし]
[来てなくても赤だもの!止まらなきゃ]
[来てないの、ちゃんとみて渡れば平気よ]
[これだから〜。日本くらいよね、ルール守るの]
と、私が呟いた瞬間
[ルールは何のためにあるの?罰するため?
誰も事故に遭わないようにするためでしょ?じゃ、来てないのきちんと確認したら渡っていいじゃん。来てない車待つの日本人くらいよ]
⁉️
まさに、当時の私には目から鱗
ルールは守るべきもの
と、思っていた私には。
だって、法律で決まってるでしょ?
だって、ルールでしょ?
(因みに、働いていた頃も、[従来では…][前例にない…]が本当に何の意味があるのか?効率良くもないし、誰のためにそのやり方を守っているのかさっぱりわからんっと思ってましたよ?でも、赤信号で?!)
その頃からかな?いろんな国の人と話したり、旅したり、暮らしたり。
いろんな考え方の人と暮らすと、ルールというのは、その集団が快適に過ごせるように、その集団の中で
”ちょうど良い”
を探したらいいんだな?
それがルールみたいなもんなんだな、と思うようになりました。
それが大きくなったものが、法律。
だから、ルールも法律も絶対ではなくて、集団によって変わってくるのよね。
そう思っていると、ルールだから!決まりだから!というより、どうするといいかな?を、考える癖がついてたかな。
ルールも、マナーも、そこにいる人たちが快適に過ごせるような ”優しさ” から、きっとできている。
だからね、ルールだから、こうしなくちゃ、決まりだから!って、自分を縛ったり、人を非難したりしなくても大丈夫。
どうしたら、お互いに心地よく過ごせるかな?
それを考えたり、話し合えたりしたらいいよね。
信号の例は極端だけど😅
ここまで…このブログの初期に書いたけど…
そう思ってない人と、過ごす時、
話し合う時(なかなか話し合えないけど)
普通は〜、ルールたがら〜、一般的には〜、守るべきだと言われた時、
どうしたらうまく伝わるのかなぁ。
そう思っていたら、
ヒントがありました。
普通や一般常識を主張する人は、自信が無い人だから、気を付けて関わらないといけないよ。 | 植松努のブログ
さらにさらに
ちょっと視点は違うけど、題名似てる?
植松さんはやっぱり優しい。
そして、深い。
そしてきっと、外国で暮らしてなくても、気がついてる人もたくさん。
私はあの時、潤ちゃんに出会えて本当に良かったと思っています。年下からも学ぶことがいっぱい。学ぶことしかなかった一年でした。
いろんな人に出会えて感謝。